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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6485号 判決

原告 山崎林之助

右訴訟代理人弁護士 下光軍二

同 上田幸夫

同 両角吉次

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 山内喜明

〈ほか三名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和三八年二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決並びに被告敗訴の場合には仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和八年頃、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市所在の第一国立銀行において、被告発行にかかる四分利付仏貨公債一〇万フラン(内訳 額面五〇〇〇フラン券一枚、同二五〇〇フラン券一一枚、同五〇〇フラン券一三五枚、以下、原告買い入れにかかるものをいうときは、一括して「本件公債」といい、別に四分利付仏貨公債そのものを指すときは、適宜「本公債」という)を米貨五〇〇〇ドルで買い入れた。

2  ところで、在外仏貨公債の処理に関する法律(以下「仏貨法」という)二条および四条によれば、仏貨法施行の日(昭和三二年二月二八日)現在において本邦内に所在せず、かつ日本人に属さない本公債(以下「在外仏貨公債」という)のうち、昭和三一年七月二七日成立の四分利付仏貨公債に関する協定(以下「本協定」という)に基づき日本政府がその所持人に対して行なう支払についての申出を承諾したものについては、額面金額を支払うほか、その一一倍に相当する金額を交付すべきものと定められている。そして在外仏貨公債にあたらない本件公債については、その償還期限は当初昭和四五年五月一五日と定められていたが、昭和三七年五月一四日大蔵省告示第一一八号によって同年一一月一五日に繰上げられ、原告は昭和三八年一月、被告から本件公債に対する償還金として、合計四万四〇九二円の支払をうけた。

3  しかしながら、仏貨法二条、四条はつぎの理由により憲法一四条、二九条に違反する。

(一) 仏貨法の右規定によれば、在外仏貨公債一〇万フランを所持している外国人は一二〇万フランの支払をうけることができる。これを邦貨に換算すれば、昭和三八年一月当時フランと円の為替レートは一・三七フランに対し一〇〇円の割合であったから、一二〇万フランは八七五九万一二四〇円となる。

このように、同じ一〇万フランの本公債であっても、日本人である原告が償還をうける場合は僅か四万四〇九二円にすぎないのに対し、外国人である場合には、八七五九万一二四〇円の償還をうけることができ、日本人は外国人に比べて著しく不利益な取扱いを受け、不合理な差別待遇を受けることになる。

(二) 憲法一四条は内国人、外国人を問わず、何人に対しても特別に不利益な処遇を受けることのないことを保障しているのであるから、右(一)のような外国人のみに対する優遇措置を内容とする仏貨法二条、四条は、日本人を適用除外とした限度において違憲、無効であり、また、右各法条は、これらの適用による外国人に対する償還金額に比して、遙かに少額の償還金を原告に支払うにすぎない点において、原告の財産権を不当に侵害するものであり、憲法二九条にも抵触する。

4  仮に3が認められないとしても、以下のとおり原告に対する本件償還は信義誠実の原則に違反し無効である。

(一) 本公債は、当初償還期限を六〇年後とする長期のしかも年四分という低利なものであるが、日本政府が支払人であり、同政府が日本銀行を通じて原告に対し本公債を米貨で買入れることが安全かつ有利である旨を開示したので、原告は日本政府を強く信頼し、本件公債を買い入れたものである。また本公債面上には毎年定期に利子の支払をなす旨の記載が存することからすれば、国は六〇年の間における経済変動その他の事由による事情の変更があっても本公債所持人に損害を与えないとの保証をなしたものというべきである。

(二) 原告は滞米中母国財政の窮迫緩和の一助として渡米後における労働の結晶を注いで本件公債を買い入れたものであり、他方、本公債が発行された当時から本件繰上償還日までの間に、物価指数は八八七倍となり、貨幣価値は八八七分の一に低落するに及んだにもかかわらず、日本政府は何ら貨幣価値の調整をすることなく推移し、その挙句日本政府は、本公債の所持人を外国人と日本人とに区別し、日本人所持人に対しては低額な償還をなし、その反面外国人所持人を殊遇する挙に出た。かかる被告の措置は信義誠実の原則に反する行為であって許されないというべきである。

5  以上の次第で、被告は原告に対し、本件公債につき在外仏貨公債の償還金額と同額の八七五九万一二四〇円の償還義務を負担するものというべきところ、原告は2に記載のとおり本件公債の償還金として既に四万四〇九二円を受領済であるから、被告は原告に対し両者の差額である八七五四万七一四八円の支払義務を負うものというべきである。よって、原告は被告に対し右の内金一〇〇〇万円および本件公債の償還期日後である昭和三八年二月一日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。但し、原告が昭和三〇年一二月一日当時本件公債を所持していたことは認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。因みにフランス政府は昭和三五年一月一日、デノミネーションを実施し、その結果以前の一〇〇フランは一新フランに変更されたため、昭和三七年一一月一五日の本公債繰上げ償還日当時の日仏為替相場一新フラン対金七二・九二円の割合で旧一〇万フランを計算すれば、その邦貨換算額は七万二九二〇円となるから、額面一〇万フランの在外仏貨公債の邦貨に換算した償還金額は八七万五〇四〇円である。(二)は争う。

4  同4の主張は争う。

三  被告の主張(仏貨法の合憲性)

1  本公債は、明治四三年(一九一〇年)五月、国債整理基金特別会計法(明治三九年法律第六号)五条一項に基づき、わが国初のフランス・フラン建外債として大要次の要領によりフランスにおいて発行された。

(一) 発行額    四億五〇〇〇万フラン

(二) 利率     年四パーセント

(三) 利払期    毎年五月一五日および一一月一五日の二回

(四) 満期     一九七〇年(昭和四五年)五月一五日

(五) 繰上償還   一九二〇年(大正九年)五月一五日以降は日本政府の都合により繰上償還をすることができる。

(六) 元利支払方法 パリにおいてはロッチルド商会においてフランをもって支払う。

日本においては、二五八フランにつき一〇〇円の割合で円貨をもって支払う。

2  本公債については海外所在分および国内所在分とも、円滑に利払がなされていたところ、海外所在分については昭和一五年(一九四〇年)五月ドイツ軍のフランス本土侵入とともに日本から海外に対する送金の途が閉ざされたために、同年一一月一五日以降はその利払が中止され、この状態は昭和三二年(一九五七年)二月二八日日本政府が支払再開の申出をなすまで継続した。一方国内所在分は、昭和三七年一一月一五日繰上償還が行われるまで、終始円滑に利払がなされた。

3  (本協定の成立経緯)

(1) 日本政府は昭和二六年九月八日連合国との間で、平和条約を締結し、(翌二七年四月二八日発効)連合国に対し対外債務の支払再開に関し債権者との交渉を開始し、その支払を容易にする意図を表明した(平和条約一八条D)。これに基づき、日本政府は、昭和二七年七月二一日からニューヨークにおいて英、米、仏三国の各債券所持人団体と交渉をはじめ、同年九月二六日英、米両国の各所持人団体との間ではそれぞれ協定が成立、調印されたものの、仏国有価証券所持人全国協会(以下単に「仏国協会」という)との交渉は、容易に妥結をみるに至らなかった。

(2) 日本政府と仏国協会との間の交渉が難航した原因は、同協会が、フランの価値がポンドに比較して著しく下落していることを理由に本公債を第三回四分利付英貨公債(本公債と同時期、同目的で発行されたもの)と同一の価値水準で評価すべきことを固執し、日本政府が仏国協会の右提示案の受入れを拒否したことにあった。

(3) 数次の交渉を経て日本政府および仏国協会は、昭和二九年二月九日、両者が国際通貨基金専務理事イバー・ルートに対し同人または同人の指名する専門家の勧告を求める旨の協定(エキスパートの勧告を求めることに関する協定)を締結した。そしてイバー・ルートが指名したストックホルム・エンスキルダ銀行常務理事ニルス・フオン・ステインは、昭和三〇年三月頃仏国協会および日本政府に対し(1)金約款は否定する、(2)本公債の元本の償還期限を一五年間延長する、(3)本公債の元本および昭和一五年一一月一五日以後支払期日の到来する利札についてはそれぞれ額面の一二倍に評価換えを行う、(4)協定締結前一〇年間に支払期日の到来する利札については、それぞれ一〇年間支払期日を延長する、(5)本案は、日本人に属せず、また日本において呈示されない証券に適用される。日本に居住しない日本人に属する証券または日本の居住者でない所持人に属し日本において呈示される証券に平等に適用されるかどうかの問題は今後の協定によるものとする等を内容とする案を提示した。

(4) 日本政府は右の案の受諾を決定したが、仏国協会はこれを不満とし、特に一括買上償還を強硬に主張し、両者間の交渉はなおも続けられたが、日本政府は右交渉の長びくことが日、仏両国間の国交に及ぼす影響およびそのためもたらされる日本の国際信用の悪化等を考慮し、昭和三一年七月二七日、仏国協会との間で本協定を締結した。

その主な内容は、(1)日本政府は本公債所持人に対しこの協定に基づく申出を行う、(2)元本の償還期限は一五年間延長し、一九八五年(昭和六〇年)五月一五日とする、(3)昭和一五年一一月一五日から昭和二一年五月一五日までに支払期日の到来する利札については協定発効の日にその支払をなし、昭和二一年一一月一五日以降に支払期日の到来する利札の支払期日はそれぞれ一〇年間延長する、(4)元本および昭和一五年一一月一五日以降に支払期日の到来する利札の各支払についてはそれぞれ券面に記載されたフラン金額の一二倍相当額によるものとする、(5)協定発効の日から一年間に限り一括買入を行う、(6)協定に規定する支払は、(イ)協定発効の日において日本人に属さないもの、(ロ)前号の日において日本国に所在しないもの、(ハ)協定に規定する支払ないしは証券買入のため所持人により代理人に呈示されたものであって、呈示により所持人が政府の申出に対する受諾の意思を表示したものの三条件を満たす証券または利札についてのみ適用されるとするものであった。

4  ところで、日本政府は右協定の実施にあたっては、本公債に対し券面額の一一倍の割増金を支払う必要があり、これは当初の債務を超えた新規の債務負担であるため、法律を制定する必要があった。このため昭和三一年一二月の第二五臨時国会において仏貨法が制定された。

そして日本政府は昭和三二年二月二八日本公債所持人に対し、本協定の内容と同一内容の申出を行ない、この申出を受諾した本公債券所持人に対し支払を開始すると共に本協定に基づく買上償還を実施した。また、日本政府は国内に所在する本公債についても確定換算率による買入れ消却を実施し、その結果昭和三七年現在未償還額は内外所在分合計三三〇〇万旧フランに減少した。そこで日本政府は、銘柄整理のため全額繰上償還を行なうのが適当であると判断し、昭和三七年五月一四日大蔵省告示第一一八号によって原契約および券面記載の条項に則り同年一一月一五日全額繰上償還を実施した。

5  以上、本公債の発行等に関し詳述したところから明らかであるように、仏貨法二条、四条が、在外仏貨公債に対し、その額面金額または利札の券面金額を支払うほか、それぞれの一一倍に相当する金額を交付することとしたのは、(一)日本国内に所在した本公債については終始円滑にその利払がなされてきたのに対し、在外払貨公債については第二次世界大戦によって昭和一五年一一月以降昭和三二年二月までその利払を中断せざるを得なかったこと、(二)サンフランシスコ平和条約において義務付けられた支払再開に関する交渉に際し国際的紛議が生じたことから、日本政府としては、本件交渉の日仏国交上に及ぼす影響および紛議の解決が遅延することによってもたらされる国際信用の悪化等を考慮すると、本件に対しては特別の外交的配慮を払わざるを得ない事態に立ち至ったことによるものである。すなわち、仏貨法二条、四条の規定に基づく措置は、単に利払の中断に対しての補償のみを目的としたものではなく、むしろ平和条約上の義務に起因する外交的配慮からとられた一種の特恵措置であって、その性格からして、本来、日本人を対象とすべきものではないのである。

従って、仏貨法二条、四条の規定は以上のような合理的理由に基づくものであり、何ら憲法一四条に反するものではなく、また憲法二九条にも反するものではない。とくに、原告は、本件公債につき、太平洋戦争開戦前に日本に帰国した友人に託して、横浜正金銀行において、本公債契約書および本件公債券面記載条項に基づく利払を受け続け、かつ上記条項所定の確定換算に従った償還をも受けたのであるから、財産権侵害を云々することは当らない。

四  被告の主張に対する答弁

1  被告の主張1ないし3の事実は不知。

2  同4のうち、仏貨法の制定、本公債所持人に対する償還が実施された事実は認め、その余は不知。

3  同5は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によると、原告は昭和八年頃、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド所在の第一国立銀行において本件公債を代金米貨五〇〇〇ドルで買い入れたことが認められ、他に右認定に反する証拠はなく、原告が昭和三八年一月、被告から本件公債に対する償還金として合計四万四〇九二円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件公債に対する償還が在外仏貨公債と同一に取扱われた場合には、仏貨法二条および四条によって邦貨に換算すると八七五九万一二四〇円の支払を受けうる筈であると主張するが、本件全証拠を検討するも右主張を認めるに足りる証拠はない。しかし、≪証拠省略≫によれば、昭和三五年一月一日フランスにおいてデノミネーションが実施された結果、それ以前の一〇〇フランは一新フランに切り替えられ、また昭和三七年一一月一五日(繰上償還日)当時の円・新フランの為替レートは一新フランが七二・九二円に相当していたことが認められ、これら事実に即して、仏貨法四条に基づき本件公債を在外仏貨公債と同一に取扱った場合の償還金額を算出すれば、八七万五〇四〇円となること計数上明らかである。

以上によれば、仏貨法二条、四条は本公債の償還にあたり、原告の主張する金額には及ばないもののその償還金額において在外仏貨公債を日本人所持の本公債に比べて利益に処遇するものということができる。

三  そこで先ず、在外仏貨公債の償還にあたり、額面金額のほかその一一倍に相当する割増金を支払う旨定めた仏貨法二条、四条の規定は憲法一四条および二九条に違反し無効である旨の原告の主張(請求原因3の主張)について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、

1  本公債は明治四三年五月、国債整理基金特別会計法五条により国債の整理償還のため、フランスにおいて、被告の主張1のとおりの要領で発行された。その後日本政府は右公債に対して、海外所在分および国内所在分とも円滑に利子の支払をしてきたが、海外所在分については第二次世界大戦の勃発により利払手段が途絶したため、昭和一五年頃からは利子の支払を事実上中止するのやむなきに至った。

2  しかし、戦後昭和二七年四月二八日日本国と連合国との間の平和条約が発効し、これに伴い、日本政府は同条約一八条(6)項において表明したところに従い、我が国が戦前に負担した対外債務の支払再開に関する債権者との交渉を開始し、同年九月頃米貨債については、米国外債所持人保護理事会と、英貨債については、英国外債所持人団体理事会との間で、それぞれ協定が成立し、調印を了したものの、仏国協会との間では前後数回にわたって両者間の交渉が重ねられたにもかかわらず右交渉は難航した。その原因は被告の主張3(2)のとおり双方が意見を固執したことにあった。そこで当事者間の合意をもって議案を第三者の勧告に託することとし、その結果両者間に「エキスパートの勧告を求めることに関する協定」が成立し、次いで右協定に基づき、ニルス・フオン・ステインの調停案が両者に提示されるに至ったが、右協定の成立時期、その内容ならびに右調停案提示の時期、その内容は被告の主張3(3)に記載のとおりであった。

3  しかしながら、右調停案に対し仏国協会が強い不満を示したため、このままでは両者間で早期に協定の成立を遂げることが危ぶまれる形勢となった。そこで、日本政府は平和条約が締結されて三年余を経過しているにもかかわらず、戦前の対外債務の支払再開について紛糾していることが国際社会における信用を維持する所以ではなく、とりわけ日仏間の外交関係に及ぼす悪影響を憂慮し、やむなく右交渉において仏国協会に対する譲歩を肯んずることとし、ここに日本政府と仏国協会との間で、昭和三一年七月二七日被告の主張3(4)記載のとおりの内容の本協定が締結されるに至った。

4  ところで本協定を実施するためには、在外仏貨公債に対し券面額の一一倍の割増金を支払うべき新たな債務負担を伴うため、国会の議決を要するところから、昭和三一年一一月開催の第二五臨時国会において仏貨法が制定された(仏貨法制定の事実は当事者間に争いがない。)。同法は、平和条約一八条(6)項に基づき戦後処理の一環として制定されたものであるとともに、本件公債を含め日本国内にあった仏貨公債は戦時中もその利子の支払を受けることができたのに対し、海外所在の仏貨公債は昭和一五年以降利子の支払を中断されていたため、その補償の目的をもあわせ有していた。そこで仏貨法は、同法施行の日(昭和三二年二月二八日)において、内外人を問わず日本国内に所在する仏貨公債の所持人および日本国外において仏貨公債を所持する日本人を適用除外とした。そして日本政府は昭和三二年二月二八日在外仏貨公債所持人に対し、本協定に基づく支払についての申出を行ない、この申出を受諾した所持人に対し支払を再開し、その結果、逐次未償還公債額が減少したことに加えて日本政府に一括償還能力が備わったこともあって、昭和三七年一一月一五日日本政府は被告の主張3(4)のとおり、全額繰上償還を実施した(本公債所持人に対し償還がなされた事実は当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によると、仏貨法は、第二次世界大戦後連合国との間に締結された平和条約一八条(6)項に定められた、我が国の戦前における対外債務の支払再開についての責任の表明に基づき、我が国が国際社会に復帰するための戦後処理の一環として制定されたものであり、同法二条、四条が在外仏貨公債のうち、本協定に基づく日本政府の支払申出の受諾があったものに対し、額面金額の一一倍に相当する割増金を交付する旨定めたことは、戦争により利子の支払を中断された外国人所持人の損失を補償するための措置であるとともに、前協定の交渉の経緯等からすれば、日仏間の外交関係ひいては国際社会における日本の信用を維持回復させるためになされた必要やむをえない立法措置であったというべきであり、したがって、日本人の所持する仏貨公債に対して割増償還をなすことは右制定の趣旨に副わないところであるから、仏貨法が在外仏貨公債に対する償還金額に割増金を付与することとし、日本人所持人をその適用除外としたことは合理的な理由に基づく差別であって、何ら憲法一四条の趣旨に反するものとはいいがたい。

さらに≪証拠省略≫ならびに一に判示の事実によれば、原告は明治四〇年一二月に渡米し、昭和三〇年頃帰国したものであるが、戦時中は当時帰国した友人を通じて本件公債の管理を横浜正金銀行に託するなどして、終始本件公債の利子の支払を受け続け、しかも昭和三八年一月に、当初の約定に基づく確定換算率による元本の償還を受けたことが認められるから、財産権の侵害を云々する余地はなく、本件公債の償還が憲法二九条に反するとする原告の主張の採用できないことは明らかである。

したがって原告の請求原因3の主張はいずれも失当として排斥を免れない。

四  つぎに原告は、被告の本件償還が信義誠実の原則に違反し無効である旨主張(請求原因4の主張)し、その一事由として、日本政府は経済変動等いかなる事由が生じても、本公債の償還にあたり、所持人に損害を与えないことを保証した旨指摘するが、右指摘にかかる事情は本件全証拠によっても認めがたく、また、戦後のインフレーションによって日本円の貨幣価値が暴落したにもかかわらず、その調整策が講じられないまま推移して来たことは公知の事実であり、原告が逼迫した母国財政に対する一助とすべく、渡米後の長年にわたる粒々辛苦の労働によって得た金員をもって本件公債を買い入れたことは、≪証拠省略≫によって認められるところであるが、これらの事情が存するとはいえ、仏貨法の制定自体に三に認定判示のような合目的的、合理的立法理由が存する以上、在外仏貨公債所持人と対比し、結果として不利益となった被告の原告に対する本件償還を目して、信義誠実の原則に反するものとまでは断じがたい。

よって原告の右主張も採用の限りではない。

五  以上の次第であるから、原告の本件請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 遠藤賢治 裁判官大西良孝は職務代行を解かれたので署名・押印することができない。裁判長裁判官 鈴木潔)

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